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< 旅行記20 『 奥津軽・金木へ 』 >

 今日は太宰治の生誕地、金木地区へ行ってみました。

 東北自動車道から、津軽道へ乗り換えて津軽半島を北上。
 片道50キロのドライブでした。
 
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 東北自動車道、津軽道を乗り継いで金木地区に到着。
 2005年、金木町は市町村合併で五所川原市になってます。
 
 金木地区に入ってから車で10分ほどして、斜陽館に到着。
 太宰修(本名:津島修治)は、1909年にここで生まれました。 
 
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 正面から見たらこんな感じ。
 津島家はその当時、県で有数の大地主で、宅地約680坪。ひえー。
 道路を挟んで向かいには、青森銀行の金木支店があります。
 津島家が営んでいた金融業を、青森銀行が引き継いだため、こんな配置になったそうだ。
 
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 入館料500円を払って中へ。
 子供連れが何組かいて、座敷を女の子が走り回ってました。
 
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 この部屋で太宰治は生まれたそうです。
 とにかく広い。
 1階は11部屋あります。
 
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 2階へ。
 座敷わらしが階段で遊んでました。
 
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 2階には8部屋あります。
 だから広いって。
 
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 迷路のようでした。
 
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 続いて、斜陽館から徒歩3分の、津軽三味線会館へ。
 金木は津軽三味線発祥の地だそうです。
 
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 津軽三味線の生演奏を聞けました。
 奏でるというよりは、叩かれるという感じ。
 音色に迫力がありました。
 
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 最後に、太宰が子守役のたけさんと通った雲祥寺へ。
 ここの本堂には地獄絵図があって、
 たけさんは絵を説明して太宰に道徳を教えたそうです。
 
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 私の太宰に対する印象は、
 津島家の財産を「太宰」の形成につぎ込んだ、奔放な作家、というイメージ。
 破滅型クリエーターですな。

 
 当時、芥川賞の選考委員だった佐藤春夫さんに、
 「芥川賞を取らせてください」と何度も書簡を送ったエピソードは微笑ましかった。




      (「太宰」の形成ためだけに生きた、放蕩者、太宰。一流のエンターテイメントだ。)
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by hk_armlock1978 | 2012-03-20 22:05 | 旅行記 | Trackback | Comments(0)
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